安岡 裕紀【月刊CHANGE 巻頭超ロングインタビュー】 拳が繋いだ、20年越しの家族の絆。
【月刊CHANGE 2026年2月号 WEB版 ロングインタビュー】

拳が繋いだ、20年越しの家族の絆。
難あり不動産をさばくビジネスマンがリングの上で取り戻した「親父の背中」
——安岡裕紀、感動の戴冠秘話。
2026年2月10日。東京・赤坂。 一見さんお断り、看板すらない雑居ビルの奥にある会員制焼肉店。極上の和牛が炭火で爆ぜる音と、選ばれた大人たちの静かな談笑が交錯するこの場所に、その男はいた。
裕紀、40歳。
仕立ての良いスーツを着こなし、グラスを傾けるその姿は、一見すれば成功した若手経営者そのものだ。彼の現在の肩書は、不動産会社役員。「難あり不動産」——権利関係が複雑に絡み合ったり、訳ありで手が付けられなくなった物件を専門に買い取り、問題を解決へと導く。並大抵の胆力では務まらない、不動産業界の“深淵”を歩く仕事だ。
しかし、彼にはもう一つの顔がある。ビジネスマン格闘技団体「CHANGE」のリングで連戦連勝を重ね、ついにチャンピオンベルトを腰に巻いた、現役のファイターとしての顔だ。
「いや正直、ここまで来れるとは思ってなかったですよ。最初はただのダイエット目的でしたから」

煙の向こうで、安岡は人懐っこい笑顔を見せる。その目尻の皺には、彼が歩んできた壮絶な人生の年輪が刻まれているようだった。身長168cm、体重57.5kg。決して恵まれた体格ではない。だが、その肉体には、鋼のような意志と、誰にも言えなかった熱いドラマが秘められていた。
今宵は、CHANGEの歴史に残る名勝負の裏に隠された、ある一人の男と、その家族の再生の物語を紐解いていこう。
第1章:「夜の街」で磨いた胆力と、満たされぬ渇望
安岡の経歴は異色だ。千葉県市川市出身。高校時代はバスケットボールとハンドボールで汗を流したスポーツマンだったが、卒業と同時に彼は「普通の道」から外れた。
家出同然で実家を飛び出し、彼が選んだのは「夜の世界」だった。ホスト。きらびやかなネオンと、欲望が渦巻く歌舞伎町で、彼は12年もの間、生き馬の目を抜く競争社会をサバイブしてきた。
「12年、長かったですね。No.1になるために必死でした。人の心を読み、自分を演じ、酒を浴びるように飲む毎日。おかげで、ちょっとやそっとのことじゃ動じないメンタルは鍛えられましたよ。今の不動産の仕事——ヤクザまがいの人が出てくるような現場でも、平気で交渉できるのは、あの時代の経験があるからです」
昼夜逆転の生活、刹那的な人間関係。そんな生活に区切りをつけ、昼の世界、しかも不動産業界という新たな戦場に身を投じて数年が経った頃、安岡はふと、自分の体に危機感を覚えた。
「30代後半になって、体力の衰えを痛感したんです。仕事はハードだし、これからもバリバリ働きたい。でも、体がついていかない。運動不足を解消して、体力をつけなきゃマズいなと。それで、近所のキックボクシングジムの門を叩いたんです。本当に、最初はフィットネス感覚でした」

趣味は「犬の散歩」、好きな食べ物は「ラーメン」。そんな普通の男が、軽い気持ちで始めたキックボクシング。しかし、サンドバッグを叩くたびに、彼の奥底に眠っていた「闘争本能」が目を覚まし始めていた。
「やるからには、目標があった方がいい」。そう考えた安岡がたどり着いたのが、ビジネスマンが本気で殴り合う「CHANGE」のリングだった。
第2章:12年間の沈黙と、確執の父
CHANGEへの参戦を決めた安岡だが、彼には心に引っかかっている大きなトゲがあった。それが、実家の両親、特に父親との関係だった。
「高校を卒業して家を飛び出してから、親とはずっと疎遠でした。特に親父とは、まともに口もきいていなかった。俺がホストになったことも、当然良く思ってなかったでしょうしね。真面目一徹な親父でしたから」
昭和の頑固おやじと、反発して夜の世界に飛び込んだ息子。12年という歳月は、親子の間に修復不可能にも思える深く冷たい溝を作っていた。連絡は必要最低限。実家に帰ることもほとんどない。安岡にとって「家族」とは、触れてはいけない古傷のようなものになっていた。
しかし、CHANGEのリングに立つことになった時、安岡の中で何かが動いた。
「なんででしょうね。自分でもよく分からないんですが、『俺が本気で戦う姿を、親に見せなきゃいけない』って、ふと思ったんです。これまでの人生、親に心配ばかりかけてきた。ホスト時代なんて、どんな顔して生きてるのかすら見せてなかった。だから、今、真っ当に働いて、さらにリングの上で体を張ってる姿を見せれば、何かが変わるんじゃないかって」
意を決して、安岡は両親に試合のチケットを送った。返信は、短い承諾の言葉だけだった。当日、本当に来てくれるのか。来てくれたとして、どんな顔をすればいいのか。試合への恐怖以上に、安岡は親との再会に緊張していた。
第3章:入場曲『金色グラフティ』が鳴り響く時
迎えたデビュー戦。会場は異様な熱気に包まれていた。 安岡の入場テーマ曲、ROTTENGRAFFTYの『金色グラフティ』が爆音で鳴り響く。激しいロックサウンドに乗せて、花道を歩く。その視線の先に、彼は見つけた。

観客席の片隅に、少し居心地が悪そうに座る、年老いた両親の姿を。
「親父の顔を見た瞬間、正直、足が震えましたよ。殴り合いを見せるなんて、親不孝かもしれないとも思った。でも、もう後戻りはできない。ゴングが鳴ったら、やるしかない」
試合は壮絶なものとなった。安岡のファイトスタイルは、決して器用ではない。井上尚弥に憧れるというだけあって、前に出て打ち合うことを恐れない、泥臭いスタイルだ。被弾し、顔を歪めながらも、一歩も引かない。
「アドレナリンが出すぎて、途中の記憶は曖昧なんです。でも、セコンドの声とは違う、野太い声が聞こえた気がしたんです」
『裕紀! いけ! 引くな!』 それは、家出し、20年間、自分を否定し続けてきたと思っていた、あの頑固な父親の叫び声だった。「まさか親父が応援してくれるなんて、夢にも思ってなかった。あの声を聞いた瞬間、体の底から力が湧いてきたんです。絶対に負けられないって」

父の声援を背に、安岡の拳が唸りを上げた。渾身の右ストレートが相手を捉え、ダウンを奪う。会場が揺れるような大歓声。判定の結果、安岡の手が挙げられた。
リング上で勝利のコールを受けた時、安岡の視線は真っ先に両親の元へ向いた。目が合った父親は、深く、力強く頷いた。20年間の氷が、熱狂の中で溶けていく音がした。
第4章:チャンピオンベルトと、取り戻した食卓
デビュー戦の勝利から、安岡の快進撃は止まらなかった。 「あの日の親父の顔が忘れられなくて。もっと強い姿を見せたい、喜ばせたいって、それだけがモチベーションでした」
仕事の合間を縫って、過酷なトレーニングを積んだ。難あり物件のトラブルで精神をすり減らした日も、ジムに行けば全てを忘れて拳を振るった。 そして迎えた3戦目、タイトルマッチ。
強敵 グエン・チェン・ギアを相手に、安岡は一歩も引かなかった。お互いの意地と意地がぶつかり合う、魂の削り合い。最終ラウンド、フラフラになりながらも前に出続けた安岡の執念がまさり、ついに彼はチャンピオンの座を掴み取った。
腰に巻かれた黄金のベルト。リングサイドには、デビュー戦の時よりも少し前のめりになって、息子を見つめる両親の姿があった。
後日、安岡は久しぶりに実家に帰った。ベルトを持って。
「20年ぶりくらいじゃないですかね、家族全員でまともに食卓を囲んだのは。母ちゃんが俺の好きなラーメンを作ってくれて。親父はビールを飲みながら、ベルトを嬉しそうに撫でてました。『お前、よくやったな』って、たった一言だけ言ってくれたんです。それだけで十分でした」
ホストとして夜の街を彷徨い、不動産業界の荒波に揉まれてきた男が、ようやく「息子」に戻れた瞬間だった。
「CHANGEに出て、本当に良かった。ただ強くなっただけじゃない。一番大切なものを、取り戻せた気がします」
第5章:CEO菅野和彦が語る「安岡裕紀」という男の価値
この夜、赤坂の焼肉店には、CHANGEを主宰するCEO、菅野和彦の姿もあった。
安岡の激闘を特等席で見守ってきた男は、メガハイボールにクエン酸を入れながら、語り始めた。
「まさか、あんなドラマが起きているとは、僕も最初は知らなかったんですよ。安岡選手はクールに見えて、内に秘めたものが熱い男だとは思っていましたが」
菅野は、安岡が両親を招待したこと、そしてその背景にある確執を知り、改めてCHANGEという場所の意義を痛感したという。
「我々が提供しているのは、単なる殴り合いの場ではありません。ビジネスマンが、一人の男として、人生を懸けて何かを表現する舞台なんです。安岡選手は、言葉ではなく、拳で家族との対話を試みた。そして、見事に絆を取り戻した。改めて、格闘技のすばらしさ、可能性を感じさせてもらいました」
菅野は続ける。
「CHANGEには、他にも様々な背景を持つ選手がいます。闘病中の親御さんを勇気づけるために戦う選手、リストラの危機を乗り越えるために戦う選手……。
彼らの背中が、観ている我々に勇気を与えてくれる。
安岡選手の戦いは、まさにCHANGEの大会意義そのものを体現してくれました。
チャンピオンとなった彼が、これからどんな防衛ロードを歩むのか、そしてどんな人生のドラマを見せてくれるのか。ますます目が離せませんよ」
終章:これからも夢を探して
極上の肉を平らげ、店を出ると、赤坂の冷たい夜風が火照った体に心地よかった。 チャンピオンベルトを獲った今、次の目標は何だろうか。
「得意技はまだ『模索中』なんでね(笑)。もっと技術を磨かないと。それに、将来の夢は『これからも夢を探して生きていく』ことです。CHANGEのリングで見つけた家族の絆みたいに、これからも走りながら、大切なものを一つずつ見つけていければいいかなと」
ネオンが反射する安岡の横顔は、ホスト時代のギラギラしたそれとは違う、穏やかで、しかし芯の強さを感じさせる「大人の男」の顔をしていた。
難あり不動産を再生させるプロフェッショナルは、自分自身の人生という最大の難物件も見事に再生させてみせたのだ。 安岡裕紀の、そしてCHANGEの熱い夜は、まだ終わらない。
(取材・文:月刊CHANGE編集部)
安岡 裕紀(やすおか・ひろき) 1985年5月16日生まれ、千葉県市川市出身。
不動産会社役員。権利関係が複雑に絡む「難あり物件」の買取・解決を専門とするプロフェッショナル。12年間のホスト生活で培った胆力と人間観察眼は、ビジネスの現場でもいかんなく発揮されている。CHANGEには運動不足解消で参戦したが、天性の闘争本能が開花。疎遠だった父との劇的な和解を経て、王者に輝く。入場曲はROTTENGRAFFTY『金色グラフティ』。
菅野 和彦(かんの・かずひこ) ビジネスマン格闘技団体「CHANGE」CEO。
「ビジネスは格闘技だ」を理念に、社会的地位のあるビジネスマンたちがリスクを背負って本気で拳を交える、熱狂の舞台を提供し続けている。5大会連続満員御礼の敏腕プロデユーサー。
安岡選手がリング上で見せた家族の再生ドラマを「CHANGEの存在意義そのもの」と高く評価し、王者としての今後の防衛ロードに大きな期待を寄せている。
