【月刊CHANGE 独占対談 2026年2月】 経済アナリスト・森永康平×CHANGE CEO 菅野和彦 なぜビジネスマンが格闘技に熱中するのか?
【月刊CHANGE 2026年2月号 独占対談・前半】

【月刊CHANGE 独占対談 2026年2月】 経済アナリスト・森永康平×CHANGE CEO 菅野和彦 なぜビジネスマンが格闘技に熱中するのか?
経済アナリスト・森永康平が語る「弱かった少年が、リングで血を流すまで」
喘息のアトピー少年から、地下格闘技の悪夢、そしてCHANGEへ。
父・卓郎氏の反対を押し切った彼が闘い続ける理由とは。
2026年2月6日。東京・泉岳寺。 都内最大級の広さを誇るキックボクシングジム「インフィニティスタジオ」。 サンドバッグの音が響くこの場所で、CHANGE CEO 菅野和彦と向き合う一人の男がいる。 経済アナリスト、森永康平。 テレビやYouTubeで鋭い経済分析を披露する知的な姿とは裏腹に、瞳にはファイターの光が宿っている。

「なぜ、ビジネスマンが格闘技に熱中するのか?」 その答えを探る対話は、彼の意外な幼少期の記憶から幕を開けた。
第1章:プロレスに憧れた「身体の弱い少年」
菅野和彦(以下、菅野): 本日はお忙しい中、ありがとうございます。森永さんといえば、お父様はあの著名な経済アナリスト・森永卓郎さん。サラブレッドというイメージがありますが、幼少期はどのようなお子さんだったのですか?
森永康平(以下、森永): いえいえ、サラブレッドなんてとんでもない。実は僕、子供の頃はめちゃくちゃ身体が弱かったんですよ。重度の小児喘息とアトピー性皮膚炎を持っていて、運動なんて満足にできなかった。走るとすぐに発作が出るし、汗をかけば肌が痒くなる。だから、男子がみんな球技で遊んでいる時も教室の中でお絵かきしているような子供でした。
菅野: それは意外ですね。今の鍛え上げられた肉体からは想像もつきません。
森永: 運動ができない反動だったのか、強いものへの憧れは人一倍強かったんです。小学生の頃から新日本プロレスが大好きで、テレビにかじりついて見ていました。当時は「闘魂三銃士」の全盛期。武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也……。彼らの圧倒的な強さとカリスマ性に、病弱だった僕は夢を重ねていたんです。「いつか自分もあんな風に強くなりたい」と。

第2章:柔道、空手、そしてビジネスの最前線へ
菅野: その憧れが、ご自身での実践に変わったのはいつ頃ですか?
森永: 中学までは卓球部だったんですが、高校に入って柔道を始めました。実はこれ、半ば強制で(笑)。高校も卓球部に入ろうと思ったのですが、卓球場が柔道場の上の階にあって、柔道場のなかを通ったら顧問の先生に捕まって。やってるうちに柔道にのめり込み、大学では空手(松濤館)を始めました。身体が成長して喘息が治まってきたこともあり、ようやく「闘う」土俵に立てたんです。
菅野: そこから大学卒業後は、ビジネスの世界へ?
森永: はい。SBIホールディングスに入社し、そこからは怒涛の日々でした。インドネシア、ベトナム、タイ、マレーシア……海外駐在も含め、とにかく仕事に没頭しました。その後、台湾で起業も経験し、2018年に帰国して今の会社を立ち上げました。 まさに「ビジネスという戦場」を駆け抜けてきたわけですが、その代償として、体重は激増していました。30代半ばで体重は80kgを超え、完全に「ただの太ったおじさん」になりかけていたんです。
第3章:RIZINの衝撃と、父・卓郎の反対
菅野: そこから再び格闘技に戻ったきっかけは何だったのですか?
森永: 3年ほど前の大晦日です。テレビでRIZINを見ていて、朝倉海選手の試合に衝撃を受けました。彼は僕より遥かに軽い68kg級であんなに強い。なのに自分は80kgもある。「これはマズい」と(笑)。ダイエット目的でキックボクシングジムの門を叩きました。
菅野: なるほど、最初はダイエットだったんですね。そこから試合に出るようになった経緯は?
森永: やり始めると凝り性なもので、のめり込んじゃったんです。ただ、父・卓郎には猛反対されましたね。「お前、何やってるんだ。危ないからやめろ」と。父は僕が柔道や空手を始めた時も驚いていましたが、まさか社会人になって殴り合いを始めるとは思っていなかったでしょう。

第4章:地下格闘技の悪夢と「眼下底骨折」
菅野: そしてデビュー戦を迎えるわけですが、2戦目で大きな怪我をされたと聞きました。
森永: そうなんです。デビュー戦(エグゼクティブファイト-武士道-)でボクシング経験者にボコボコに負けたのが悔しくて、すぐに次の試合を探したんです。そしたら知人が「いい大会があるよ」と紹介してくれたのが、いわゆる「地下格闘技」の大会でした。
菅野: 地下格闘技……! それはまた急な展開ですね。
森永: 行ってみて驚きました。ルールはほぼプロと同じ。グローブは薄いオープンフィンガー、床はコンクリートに薄いマットを敷いただけで硬い。相手はいかにも「その筋」の強面の人たちばかり。
試合開始早々、相手のパンチをもらってしまい、目の前が真っ暗になりました。結果は判定で勝ちましたが、代償として鼻の鼻骨を折り、眼下底にヒビが入る始末。全治数ヶ月の大怪我でした。「俺はビジネスマンなのに、何をやっているんだ」と。
菅野: それは壮絶ですね……。普通ならそこで辞めてしまいますよ。
森永: 辞めようと思いました。でも、怪我が治るとまたウズウズしてくる(笑)。実際、その後もスパーリング中に肋骨を折ったり、腸腰筋を断裂したりしてます。試合でも足の指を折ったりもしています。それでも既に20試合を経験しました。ただ、もうあんな危険な目に遭うのは嫌だ。安全に、でも本気で殴り合える場所はないか……と探していました。
第5章:CHANGEという「安全な戦場」
森永: CHANGEの素晴らしいところは、徹底した安全管理です、レガース(すね当て)も着用、そして何よりレフェリーが早めに止めてくれる。
地下格闘技のような無茶なマッチメイクもない。 「怪我をして月曜日の仕事に行けない」というのがビジネスマンにとって最大のリスクですから、そこが担保されているCHANGEは、僕らにとって唯一無二のプラットフォームなんです。
菅野: ありがとうございます。まさにそこが我々の理念です。「安全に、楽しく、激しく」。森永さんのような方が安心して全力を出せる場所でありたい。
森永: おかげさまで、現在はアマチュア戦績20戦を経験し、キックボクシングでは二階級制覇するまでになりました。5月17日の大会もエントリーさせていただきましたが、今回はMMA(総合格闘技)ルールでの参戦です。地下格闘技での悪夢を払拭し、CHANGEのリングで「ビジネスマン最強」を証明したいと思っています。

(後半)
【月刊CHANGE 巻頭独占対談・後半】
「負け」を知る者が、最強の投資家になる。
経済アナリスト・森永康平が説く、格闘技とビジネスの「分析の方程式」。
投資も、経営も、リングも。勝利の鍵は「修正力」にある。
(前半から続く)
菅野: 前半では、壮絶な地下格闘技での骨折経験と、そこからCHANGEへ辿り着いた経緯を伺いました。後半では、森永さんの「強さの秘密」と、ビジネスとの共通項について深く掘り下げていきたいと思います。 森永さんは現在アマチュア20戦という豊富なキャリアをお持ちですが、ご自身では自分の強さをどう分析されていますか?
第6章:負けが自分を強くする
森永: 僕は才能があるタイプではありません。身体能力も並ですし、反射神経も良くない。でも、一つだけ自信があるのは「負けから学ぶ力」です。 はっきり言いますが、僕は勝った試合からはあまり強さを得られません。
勝つ時は、たまたま作戦がハマったり、相手との相性が良かったりすることが多い。でも、負ける時には必ず明確な「理由」があります。
菅野: 負けに不思議の負けなし、ですね。
森永: その通りです。だから僕は、自分が負けた試合の映像を、それこそ何十回、何百回と見返します。 「なぜここでパンチを貰ったのか?」「なぜガードが下がったのか?」「相手の予備動作を見逃していなかったか?」。 目を背けたくなるような自分の無様な姿を直視し、徹底的に分析する。そして、その穴を埋めるための練習をする。僕の強さは、すべてこの「修正作業」から生まれています。

第7章:投資も格闘技も「分析」がすべて
森永: これって、実は僕の本業である「投資」や「経済分析」と全く同じプロセスなんですよ。 投資の世界でも、ずっと勝ち続ける人なんていません。重要なのは、損を出した時にどう対処するか。「なぜ読み違えたのか」を感情抜きで分析し、次のトレードに活かせる人だけが、最終的に資産を築けます。
菅野: なるほど。感情的になって「取り返してやる!」と無茶をする人は……。
森永: 退場します(笑)。格闘技も同じです。カッとなって大振りになればカウンターを貰う現代の格闘技は、もはや単なる殴り合いではなく、高度な「詰め将棋」です。 自分の手持ちのカード(技術)と、相手のカードを見極め、確率の高い手を選択していく。ビジネスマンが普段、市場分析や競合分析でやっている思考回路そのものが、リングの上でも最強の武器になるんです。
菅野: 森永さんが以前チャンピオンになられたのも、その分析力があったからこそなんですね。格闘王の前田日明さんも、格闘技程 インテリジエンスな競技は無く、馬鹿は強くなれないとはっきり話していたのを思い出しました。
森永: 分析力だけが自分の武器だと考えています。年齢も40歳を超えて、フィジカルで劣っていても、頭を使えば現役バリバリの10代、20代にも勝てる。それが格闘技の面白いところであり、ビジネスマンがハマる理由だと思います。
第8章:CHANGEが果たす社会的意義
菅野: 最後に、これからのCHANGEに期待することをお聞かせください。
森永: 僕は、CHANGEのような団体がもっと日本に増えてほしいと本気で思っています。 今の日本社会は、閉塞感がありますよね。一度失敗したらやり直せない空気や、過度なコンプライアンスで息苦しい。
そんな中で、大の大人が本気で汗を流し、痛みを共有し、抱き合えるCHANGEのような場所は、社会の「健全なガス抜き」として不可欠です。
菅野: 嬉しいお言葉です。
森永: それに、ここに集まる人たちのエネルギーは凄まじい。 経営者、士業、クリエイター……普段は異なるフィールドで戦う猛者たちが、「格闘技」という共通言語で繋がる。これは単なるスポーツイベントを超えた、巨大な「ビジネスコミュニティ」としてのポテンシャルを秘めています。
僕自身、CHANGEを通じてのこの輪をもっと広げていってほしいですね。
第9章:5.17への決意
菅野: 5月17日の大会に向けた意気込みをお願いします。
森永: 今回は久しぶりのMMAルールですが、準備は万端です。 「経済アナリストが口だけでなく、身体も張れるんだ」というところをお見せしたい。そして何より、僕自身が一番楽しみたいと思っています。 ビジネスマンの皆さん、リングは怖い場所じゃありません。自分自身と向き合い、昨日の自分を超えるための最高のステージです。 5月17日、会場でお会いしましょう。僕の分析に基づいた試合運び、ぜひ注目してください。
菅野: 森永さんの「インテリジェンス・ファイト」、楽しみにしています。本日は長時間ありがとうございました。
対談を終えて:
収録を終えた今、私の背筋には心地よい戦慄が走っている。 森永康平という男、底が知れない。
対談を通じて確信したことがある。彼は単なる「格闘技好きの著名人」という枠には到底収まらない。その眼光と言葉の端々からは、いずれ一つの巨大な組織、あるいは業界そのものを牽引するであろう「王の器」を感じずにはいられなかった。
病弱だった少年が、恐怖を乗り越え、地下格闘技の修羅場を経て、今リングに立つ。その生き様自体が、全国で戦うビジネスマンにとってどれだけの希望となるか。彼が流す汗と血は、どんな経済理論よりも雄弁なメッセージだ。
そして何より、あの冷徹なまでの「分析力」。 敗北さえもデータ化し、勝利への布石に変える思考プロセス。経済アナリストとしての知性が、リング上で「闘争」を「戦略」へと昇華させている。その非凡さは、もはや武器だ。
5月17日、CHANGE 6.0。 彼がリングで見せるのは、単なる試合ではない。「知性が肉体を凌駕する」という証明だ。 森永康平の覚悟と理論が、新宿の会場にどう炸裂するのか。 CEOとして、そして同じく闘う者として、私は彼の凱旋を心から期待している。
CHANGE CEO 菅野和彦
【撮影・対談場所】
都内最大級のキックボクシングスタジオ
INFINITY studioは総面積56坪の広さを持つ都内最大級のキックボクシングスタジオです。
オーダーメイドの防音ロールマットが敷かれた広々としたスタジオ内で伸び伸びとフィットネスを楽しむことができます。
清掃の行き届いたスタジオ内には、綺麗なシャワールームや女性のためのドレッシングルームも完備しています。通勤・通学前など、ちょっとした時間のある時にいつでも気軽にスタジオをご利用いただけます
インフィニティー スタジオ
https://infinity-studio.tokyo/
〒108-0074 東京都港区高輪2丁目19−20
財界二世学院ビル4F
TEL: 03-6409-6498 FAX: 03-6409-6499
7:00 – 22:00(年末年始を除く)

【プロフィール】
森永康平(もりなが・こうへい)
1985年、埼玉県所沢市生まれ。経済アナリスト。株式会社マネネCEO。証券会社、運用会社を経て独立。父は経済アナリストの森永卓郎氏。幼少期の病弱な体質を克服し、現在は格闘技(アマチュア戦績約20戦)やベンチプレスに没頭する。主な肩書: 経済アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員、経済産業省「物価高における流通業のあり方検討会」委員「闘う経済アナリスト」として格闘技のリングにも立つ。
CHANGEに5月17日電撃参戦
菅野和彦(かんの・かずひこ)
ビジネスマン格闘技団体CHANGE CEO
秋田県由利本荘市出身。10歳の時に初めて見た全日本プロレス 三沢光晴選手 VS 川田利明選手の三冠ヘビー級選手権に感動し、以降プロレス、格闘技にのめり込む。
また30年間、格闘技・プロレス団体の経営、スポーツビジネスを独学で学ぶ。
大学軟式野球連盟理事を経験し、東京都中央区でIT機器リース販売・工事会社を16期経営。
ビジネスマンの格闘技熱を実感し、格闘技好きの人達がお互いに高めあえる場と一生の記念に残る闘いの場を提供するため、ビジネスマン格闘技団体 CHANGEを設立。尊敬するプロモーターはジャイアント馬場。

