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【週刊CHANGE 】 今、最も有名なレフェリー・金野俊憲が語る

【週刊CHANGE 特別総力特集】 「格闘技ナメるな」――今、最も有名なレフェリー・金野俊憲が語る“裁きの哲学”と、CHANGEが誇る絶対的安全網

2026年3月4日。熱狂の地、さいたまスーパーアリーナを見上げるカフェで交わされた、男たちの「原点」と「未来」


■ プロローグ:さいたま新都心、闘いの余韻が残る街で

2026年3月4日、水曜日。春の気配が微かに混じる風が、さいたま新都心のビル群を吹き抜けていた。 格闘技ファンにとって、さいたまスーパーアリーナは特別な意味を持つ「聖地」である。数々の名勝負が生まれ、幾多のファイターたちが血と汗と涙を流してきたこの巨大なスタジアムのすぐ近くにある、ガラス張りのお洒落で綺麗なカフェ。

ビジネスマン格闘技団体『CHANGE』の代表である菅野和彦は、コーヒーの香りが漂う店内の奥の席で、一人の男を待っていた。 約束の時間ピタリに現れたその男は、スタイリッシュなジャケットに身を包み、引き締まった体躯と鋭い眼光、そしてどこか人を惹きつける人懐っこい笑顔を浮かべていた。

今、日本で最も有名なレフェリーの一人であり、自らも元プロキックボクサーとしてリングに上がり、格闘技イベント『TRIBELATE(トライブレート)』の代表も務める男。金野俊憲である。

昨年末、2025年12月14日に行われた『BreakingDown 18』において、金野は普段の「裁く側」の制服を脱ぎ捨て、4000人の大観衆が詰めかけたさいたまスーパーアリーナのリングで、ひとりの「ファイター」として死闘を繰り広げた。 CHANGE 4.0、5.0でもメインレフェリーとして神聖なリングを守り抜き、来る5月17日の『CHANGE 6.0』でも審判団の中核を担う金野。

今回は、古い知人でもある菅野代表がインタビュアーとなり、レフェリーという過酷な職業の真髄、BreakingDown参戦の舞台裏、そしてCHANGEが掲げる「絶対的な安全性」について、本音で語り合う。


■ 第1章:13年前の「青山の部屋コン」と、名門野球部の血脈

菅野和彦(以下、菅野):「金野さん、お久しぶりです! 相変わらずモテそうなオーラ全開ですね(笑)。さいたまスーパーアリーナを見ると、昨年末の金野さんの激闘を思い出しますよ。」

金野俊憲(以下、金野):「お疲れ様です、菅野さん! いやいや、菅野さんこそ相変わらずエネルギッシュじゃないですか(笑)。わざわざさいたま新都心までありがとうございます。」

菅野:「こうやって金野さんと真面目なインタビューの場を設けるのは初めてですが……思えば僕らの付き合いも長くなりましたね。出会ったのは、もう13年前ですか。」

金野:「そうですね。あの時は格闘技の会場とかじゃなくて……青山で開催された『部屋コン』でしたよね(爆笑)。」

菅野:「そうそう(笑)。おしゃれなタワーマンションの一室で。お互い若かったし、あの日はかなりバカ話で盛り上がりましたよね。今でもたまに会うと、どうしてもHな話とか、男子校ノリのくだらない話になっちゃうんですけど(笑)。」

金野:「男同士なんてそんなもんですよ(笑)。でも、あの日一番意気投合したのは、お互いに『名門高校の野球部出身』だったってことですよね。」

菅野:「ええ。金野さんは国学院久我山、僕は東海大山形。どちらも甲子園を目指す超体育会系の厳しい環境でした。水も飲めないような昭和の根性論が残る時代に、泥だらけになって白球を追いかけていた。」

金野:「国学院久我山の練習は本当に地獄でしたよ。でも、あの理不尽とも言える厳しい環境を3年間耐え抜いたからこそ、今の自分のメンタルの土台ができているのは間違いないです。格闘技に転向してからも、少々のことでは動じない精神力は、間違いなく野球部時代に培われたものです。」

菅野:「僕も全く同感です。東海大山形での3年間があったからこそ、今こうしてビジネスや格闘技団体の経営という厳しい世界で戦い続けられている。ジャンルは違えど、お互いに『本気で一つのことに打ち込んだ』というベースがあるから、13年経った今でも波長が合うんでしょうね。」


■ 第2章:さいたまスーパーアリーナの熱狂。BD18「レフェリー軍団」参戦の衝撃

二人の会話は、和やかな昔話から、次第に闘いの記憶へと熱を帯びていく。話題は当然、2025年12月14日にこの場所、さいたまスーパーアリーナで行われた『BreakingDown 18』での金野の「選手としての参戦」に移った。

菅野:「昨年末のBD18、本当に凄まじい反響でしたね。オーディション動画が公開された時から、ネット上は騒然としていました。『まさかのレフェリー軍団登場!?』と。」

金野:「あれは本当に異例中の異例でしたね。普段は試合を裁いている僕と、りゅう君(勝本竜矢レフェリー)が軍団を結成してオーディションに乗り込んだわけですから。」

菅野:「記事でも大きく報じられていました。『礼儀がなってないヤツがいっぱいいる』『僕が教育してあげたい』という言葉の通り、荒ぶる参加者たちに対して、レフェリー自らが鉄槌を下すという展開は、めちゃくちゃ痺れましたよ。」

金野:「BreakingDownという大会は、良くも悪くも色々な人間が集まります。エンターテインメントとしては素晴らしいですが、中には明らかに『格闘技をナメている』『ルールやレフェリーを軽視している』輩もいる。僕らは普段、公平な立場で試合を裁いていますが、胸の奥では『お前ら、格闘技というものをなんだと思ってるんだ』という怒りやジレンマを抱えることもありました。」

菅野:「金野さんご自身は、高校球児から格闘技に転向し、空手では正道会館の全日本大会でベスト4に入るほどの実力者です。さらに『TRIBELATE』の代表を務め、自らもMA日本キックボクシング連盟などでプロとして血の滲むような思いでリングに上がってきた。本物の『痛み』を知っているからこそ、許せない部分があったわけですね。」

金野:「その通りです。だからオーディションで、喧嘩自慢大阪代表の大将だった爆音那智が連れてきた『あたくさ』とスパーリングになった時、完全にスイッチが入りました。右フックからの左アッパーで秒殺KOさせてもらいましたが、あれは僕からの『格闘技ナメるな』という強烈なメッセージです。」

菅野:「あの秒殺劇は衝撃的でした。そして本戦での爆音那智選手との試合。4000人の観衆の前で、レフェリーではなくファイターとして戦った景色はどうでしたか?」

金野:「最高でしたね。レフェリーとしてリングに上がる時の緊張感とは全く違う、アドレナリンが全身を駆け巡る感覚。そして何より、僕らレフェリーを『選手』としてスポットライトの当たる舞台に引き上げてくれた朝倉未来さんには、本当に感謝しています。」

菅野:「未来さんがおっしゃった『レフェリーが輝ける場にしたい』という言葉ですね。」

金野:「はい。あの言葉は本当に素晴らしかった。レフェリーというのは、基本的には黒子です。目立たないのが一番良いレフェリー。ミスをすれば叩かれ、素晴らしい裁きをしても褒められることは少ない、孤独で過酷な仕事です。でも、未来さんは僕ら裏方の人間にも光を当ててくれた。あの発言のおかげで、日本の格闘技界全体における『レフェリーの地位向上』に繋がったと思っています。」


■ 第3章:レフェリーの孤独と「裁き」の真髄

コーヒーのお代わりを頼み、二人の会話はさらに深い「格闘技の核心」へと迫っていく。

菅野:「今のお話にもありましたが、レフェリーという仕事は本当に大変ですよね。一歩間違えれば選手の命に関わる。僕ら主催者側からしても、一番信頼できる人間にしか任せられないポジションです。」

金野:「そのプレッシャーは計り知れないですよ。特に素人やアマチュアの試合は、プロの試合よりも何倍も予測不可能なことが起きます。プロなら『ここでこのパンチが来る』『この体勢ならまだ耐えられる』という計算が立ちますが、素人は何をしてくるか分からない。パンチを貰った時の倒れ方も危険な場合が多いんです。」

菅野:「CHANGEの試合を見ていても、金野さんのストップのタイミングは本当に絶妙です。ダウンする前に、危険だと判断したら身を挺して間に割って入ってくれる。選手を守るという強い意志を感じます。」

金野:「ありがとうございます。レフェリーにとって一番大切なのは、『選手の安全』です。興行的な盛り上がりや、観客の『もっと見せろ』という熱狂に流されてはいけない。少しでも脳へのダメージが危険だと判断したら、迷わず止める。それは、僕自身がプロとして殴り合い、痛みを知っているからこそできる判断だと思っています。痛みが分かるからこそ、選手のギリギリのラインが肌感覚で分かるんです。」

菅野:「なるほど。自らが戦ってきた経験が、そのまま裁きの精度に直結しているのですね。」

金野:「ええ。だからこそ、CHANGEのように『ビジネスマンが本気で戦う場』でのレフェリングは、非常にやりがいがありますよ。彼らはプロではないけれど、その分、気持ちの入り方が尋常じゃない。一歩も引かない熱い試合が多いですから、僕らも一瞬の油断もできません。」


■ 第4章:CHANGEが誇る「超一流レフェリー陣」の鉄壁

菅野:「CHANGEは『日本一コンプライアンスと安全性に厳しい団体』を標榜しています。その安全性を担保している最大の要因が、金野さんをはじめとする『超一流の審判団』の存在です。」

金野:「CHANGEのレフェリー陣は、ちょっと異常なほど豪華ですよね(笑)。」

菅野:「はい(笑)。PRIDEやK-1など、日本の格闘技の歴史を裁いてきた大レフェリー・和田良覚さん。そして、あの日本中が熱狂した『那須川天心 vs 武尊』の世紀の一戦で副審を務めた秋谷レフェリー。そこに金野さんが加わるわけですから、これ以上ない鉄壁の布陣です。」

金野:「素人やアマチュアの大会だからといって、審判を素人に任せるのは絶対にやってはいけないことです。むしろ、技術が未熟な選手が戦う大会こそ、トップクラスのプロフェッショナルなレフェリーが必要なんです。菅野さんがそこに資金と情熱を注いで、これだけのメンバーを揃えている姿勢は、同じ格闘技団体の代表(TRIBELATE)としても本当に尊敬しますよ。」

菅野:「ありがとうございます。和田さんも言っていました、アマチュアの方がレフェリーは難しいと。CHANGE 4.0、5.0と大会を重ねてきましたが、大きな事故がなく無事に終えられているのは、間違いなく金野さんたちレフェリー陣の『見極める眼』と『体を張ったストップ』のおかげです。」

金野:「和田さんも秋谷さんも、本当に素晴らしい目を持っています。僕自身も彼らと一緒に仕事ができることで、レフェリーとして常に刺激を受けています。CHANGEのリングは、選手だけでなく、僕らレフェリーにとっても真剣勝負の場なんですよ。」

菅野:「そして、来る5月17日。さらにスケールアップして開催される『CHANGE 6.0』でも、金野さんにはメインレフェリーの一人としてリングに立っていただきます。」

金野:「任せてください。会場の熱気が高まれば高まるほど、選手はアドレナリンが出て限界を超えて戦おうとする。だからこそ、我々レフェリー陣は極めて冷静に、氷のように冷たい頭で選手の状態を観察し、命を守ります。」

菅野:「本当に心強いです。CHANGEはこれからも、素人から成り上がるビジネスマンファイターたちに、プロフェッショナルな環境と、最高の安全性を提供し続けます。金野さん、5月17日もよろしくお願いします!」

金野:「ええ、最高の舞台にしましょう! ……あ、終わったらまた、久しぶりに青山あたりで飲みに行きますか? もちろん、健全な飲み会で(笑)。」

菅野:「もちろんです!(笑) 昔みたいにバカ話で盛り上がりましょう!」


■ エピローグ:闘いの未来へ

カフェを出ると、さいたま新都心の空は澄み渡り、巨大なスーパーアリーナが夕日に照らされて輝いていた。

13年前、青山の部屋コンで出会った金野は、時を経て今日本で最も有名なレフェリーとなった。リング上の神聖なルールと選手の命を守る「裁きの番人」として。

「格闘技ナメるな」。 金野俊憲が放ったその言葉は、決して粗暴な威嚇ではない。それは、血の滲むような鍛錬を積み重ねてきた者だけが発することができる、格闘技への深すぎる愛とリスペクトの裏返しである。

和田良覚、秋谷益朗、そして金野俊憲。 日本最高峰のレフェリー陣が目を光らせる『CHANGE』のリング。そこには、詐欺師が入り込む隙もなければ、安全を軽視した無謀な暴力が許される余地もない。 あるのはただ、真っ当に生きる大人たちの、純粋で、安全で、そして最高に熱い魂のぶつかり合いだけだ。

5月17日、『CHANGE 6.0』。 1000人の大観衆が見つめるリングの上で、また新たなビジネスマンたちのドラマが生まれる。そしてその傍らには、選手の命を守るため、鋭い眼光で戦況を見つめる金野レフェリーの姿が必ずあるはずだ。

(取材・文/週刊CHANGE編集部)

〇 金野 俊憲(こんの・としのり)
名門・国学院久我山高校野球部で過酷な鍛錬を積んだ後、格闘技界へ転向。空手・正道会館の全日本大会ベスト4入賞や、MA日本キックボクシング連盟等でプロ格闘家として活躍した経歴を持つ。

自らも格闘技イベント『TRIBELATE』の代表を務める傍ら、現在は日本屈指のトップレフェリーとして「BreakingDown」や「CHANGE」のリングを裁く。自らがプロとして戦い、痛みを知るからこその「安全第一」の的確なストップと、格闘技を冒涜する者への厳格な姿勢に定評がある。2025年末のBD18では異例の「レフェリー軍団」として自ら選手としてリングに上がり、大観衆を熱狂させた闘うレフェリー。

〇 菅野和彦(かんの・かずひこ)
秋田県由利本荘市出身。ビジネスマン格闘技団体『CHANGE』代表。10歳の時、全日本プロレス「三沢光晴 vs 川田利明」による極限の三冠ヘビー級選手権に魂を揺さぶられ、格闘技の虜となる。以降、30年間にわたり興行ビジネスを独学で徹底的に研究。

全日本大学軟式野球連盟理事(国際大会担当)などのスポーツ要職を歴任し、2010年に「株式会社GINZA IT SOLUTION」を設立。自らIT企業トップとして走る中で、現代のビジネスマンの奥底に眠る「闘う熱量」を実感する。2023年、「格闘技愛に溢れる大人たちが互いを高め合い、一生の記念に残る闘いの場」を提供すべく『CHANGE』を旗揚げ。

最も尊敬するプロモーターは、“王道”ジャイアント馬場。

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