週刊CHANGE 2026年3月3日号 「西ヶ谷美佑の挑戦」
週刊CHANGE 2026年3月3日号
「西ヶ谷美佑の挑戦」編集:週刊CHANGE編集部
第1章:雨の泉岳寺、主催者の葛藤
2026年3月3日。暦の上では春だが、東京地方は朝から冷たい雨に見舞われていた。冷気が傘を打つ音と共に、CHANGE代表・菅野和彦の心にも重く冷たいものがのしかかっていた。
菅野は今、港区・泉岳寺にあるキックボクシングジム『インフィニティ・スタジオ』に向かっている。目的は、来る5月17日に開催される「CHANGE 6.0」でデビューを控えた一人、西ヶ谷美佑(23歳)の練習風景を見学するためだ。
格闘技イベントの主催者として、菅野が最も心を砕き、同時に最も頭を悩ませるのが、初心者のマッチメイクである。経験者同士であれば、過去の戦績やファイトスタイルからある程度の試合展開は予測できる。しかし、未経験者は違う。リングという非日常の空間で、彼らがどう豹変するか、あるいは萎縮するかは、誰にも分からない。
西ヶ谷美佑。普段はコンビニエンスストアで働く、スポーツ経験も格闘技経験も皆無の、ごく普通の女性だ。2月に行われたインタビューでは、「何者でもなかった私が、リングに立つ理由」と称し、その並々ならぬ覚悟を語ってくれた。
判定負けを喫しながらも、晴れやかな顔でリングを降りた父親の姿に憧れ、自らも格闘技を通して「変わりたい」と願った彼女の物語は、多くの読者の反響を呼んだ。
一度は対戦相手も含めてカードが確定したとはいえ、菅野の不安は消えなかった。全くの素人が、試合経験のある選手と拳を交える。いくらCHANGEが安全面を最優先に掲げているとはいえ、リスクはゼロではない。
「生半可な気持ちなら断る」。かつて西ヶ谷さんに厳しく言い放ったその言葉は、主催者である菅野自身への戒めでもあった。本当に彼女をリングに上げていいのか。彼女の「覚悟」は、本物なのか。様々な思いが交錯する中、菅野はジムの隣にあるセブンイレブンに立ち寄った。
手に取ったのはリポビタンD。そこに持参したクエン酸を投入する。主催者としての重圧に負けないよう、自らに活を入れ、同時にこの季節の強敵である花粉対策もばっちりだ。一呼吸置き、決意を固めてジムへと向かった。

第2章:インフィニティ・スタジオ、虎の咆哮
ジムへと続く階段を上り始めた菅野は、途中、インフィニティ・スタジオのスタッフ、山田君に会った。

「あ、菅野さん おつかれす」 山田君はいつもの優しい笑顔で菅野を迎えてくれた。その愛くるしいキャラクターと人懐っこさは会員さんからも好評で、ジムの人気スタッフだという。山田君の笑顔に、菅野の重かった心も少しだけ和らいだ。だが、リングでは厳しい一面も見せるという山田君。西ヶ谷美佑の練習も、彼のような厳しさに支えられているのだろうか。
短い雑談を終え、菅野はジムのドアを開けた。汗の匂いとミットを叩く音が、重苦しい雨の空気を切り裂く。菅野の視線はすぐに、お目当ての人物、西ヶ谷美佑へと向かった。
「おっ」

菅野は思わず声を漏らした。彼女の練習風景を一目見た瞬間、菅野の不安は驚きへと変わった。
彼女が今取り組んでいるのは、サンドバッグへの打ち込みだ。一か月前、彼女がジムに入会したばかりの頃の動きを知る菅野にとって、その光景は信じがたいものだった。得意技とするジャブは鋭く、ストレートはサンドバッグを深く沈み込ませる。ローキックの軌道も安定し、サイドへのフットワークも軽快だ。
明らかに、一か月前とは雲泥の差だ。何より、彼女の全身から発せられる気合が、これまで菅野が見てきた初心者のそれとは全く違っていた。
西ヶ谷美佑はまだ23歳と若い。その吸収力、伸び率は菅野の想像を超えている。これまでマッチメイクを200試合近く行い、400名程の選手を見てきた菅野の目は誤魔化せない。彼女の動きには、技術を超えた「何か」が宿り始めていた。
第3章:伝説の血脈、父の背中
続いて始まったミット打ち。菅野はその様子を、食い入るように見つめた。
トレーナーが構えるミットに対し、西ヶ谷さんは躊躇なく拳を叩き込んでいく。その一撃一撃に、彼女の気持ちの強さが乗っている。恐怖心や不安、それら全てをエネルギーに変えて前に出る、剥き出しの闘志が伝わってくる。

西ヶ谷美佑。横浜駅を一望する喫茶店で行われた前回のインタビューでは、少し硬い表情でコーヒーカップを見つめる、おとなしそうな外見の女性だった。しかし、リングの上でグローブを着用した彼女は、その印象とは全く異なる気持ちの強さを見せている。
菅野はその姿に、ある男の面影を見た。彼女の父親だ。
「このあたりはお父さんの西ヶ谷さんにそっくりだ」
菅野は独りごとを話した。彼女の父も、リングの上では気が強いことで知られていた。菅野の記憶に刻まれているのは、父・西ヶ谷さんの伝説とも言える「水越 勝彦 戦」だ。普段は穏やかな男が、
リングに上がった瞬間、鬼のような形相で相手に向かっていく。そして、あっという間にKO勝利を収めたあの一戦。あの日、父・西ヶ谷さんが見せた度胸と闘志、諦めない姿勢は、間違いなく娘の美佑さんにも受け継がれている。

西ヶ谷美佑さんが格闘技を始めたきっかけは、1年半前に見た、父の試合だった。何度もパンチをもらい、顔も腫れて、判定負けを喫しながらも、絶対に諦めずに前に出続けた父の背中。リングを降りた父が見せた、今まで見たことがないくらい晴れやかで、充実感に満ちていた顔。その姿に、「私もあんな風になりたい」と憧れ、何者でもなかった自分が「変わりたい」と願った日。
リングの上で汗を流す今の彼女は、かつて憧れた父親の背中に、一歩ずつ、しかし確実に近づいている。
第4章:番狂わせの予感、主催者の安心
練習が一通り終わった後、菅野は西ヶ谷さんに少しだけ話を聞いた。
「はい、かんばります」

菅野の問いかけに対し、美佑さんは控えめな笑顔で答えた。リング上での鬼気迫る闘志とは裏腹に、グローブを外せば、そこにはやはり、どこにでもいるおとなしそうな女性がいた。
しかし、菅野は知っている。リング上の強さ、度胸は、普段温厚で、おとなしそうな人ほど強い傾向があることを。彼女が内面に秘めたエネルギーは、爆発した時に、とてつもない破壊力を生み出す。
控えめな言葉の奥に、絶対に逃げたくない、最後まで諦めずに前に出続けたいという、剥き出しの覚悟を感じ取った菅野。彼女は試合でこそ、その真価を発揮するタイプだ。かつて父・西ヶ谷さんがそうであったように。
一か月前、雨の泉岳寺を重い気持ちで歩いていた菅野の心は、今、確かな安心感で満たされていた。初心者のマッチメイクに対する不安は消え去り、代わりに、西ヶ谷美佑という「名もなき挑戦者」がリングの上で何を見せてくれるのか、という楽しみが湧き上がってきた。
まだ5月17日のデビュー戦までは3か月近くある。格闘技歴わずか1か月の初心者が、ここまで変わるのか。若さと気合、そして伝説の血脈がもたらす伸び率は、菅野の想像を超えている。
「西ヶ谷美佑の活躍を期待している」
菅野は確信した。彼女の試合は、勝敗を超えて、見る人の心を揺さぶり、感動させる力がある。色のない日常に漠然とした不安を感じていた23歳の女性が、格闘技という非日常の力でどう「CHANGE」していくのか。
その挑戦は、まだ始まったばかりだ。5月17日、彼女がどのような「変化」を見せてくれるのか。CHANGE代表・菅野和彦、そして週刊CHANGE編集部は、西ヶ谷美佑の活躍を心から楽しみにしている。
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【西ケ谷 美佑】プロフィール
生年月日: 2003年9月30日
身長 / 体重: 155cm / 63.7kg
出身地: 神奈川県横浜市
職業: コンビニ店長
格闘技歴: 6ヶ月(デビュー戦)
得意技: ジャブ
入場テーマ: red eye「戦う理由」
憧れの格闘家: 皇治
趣味: 音楽鑑賞
好きな食べ物: チョコレート
