北の地・秋田から「熱狂」をコンダクト(指揮)する男
【月刊CHANGE 2026年2月号 巻頭超特大インタビュー】

北の地・秋田から「熱狂」をコンダクト(指揮)する男。
ITの力とプロレス愛で、地方と都心、デジタルとアナログを繋ぐ架け橋。
語り手:株式会社コンダクター 代表取締役 斎藤和貴 聞き手:CHANGE CEO 菅野和彦

(序章:雪の秋田、熱燗と男たちの夜)
2026年2月某日。日本海側から吹き付ける寒風が、肌を刺すように冷たい。
雪化粧をまとった秋田市・大町。かつて城下町として栄え、今もなお秋田の文化と経済の中心地であるこの街の一角にある、地元の食通が通う居酒屋。
暖簾をくぐると、外の寒さが嘘のような熱気と、出汁の香りが漂ってくる。
「乾杯」。 グラスが触れ合う音が響く。向かい合うのは、
CHANGE CEOの菅野和彦と、株式会社コンダクター代表取締役・斎藤和貴だ。

二人は同郷である。秋田県出身。雪国で育ち、今はそれぞれのフィールドで「闘う」男たち。 斎藤は現在、自身のIT企業を経営する傍ら、CHANGEにおいては「東洋アジアPWGベルト管理委員会 管理委員長」という重職を担っている。
CHANGE 3.0では、あの“格闘王”前田日明氏のアテンドとして共に入場を果たし、関係者をどよめかせた人物でもある。
なぜ、秋田のIT社長が、東京のビジネスマン格闘技にこれほどまでに熱くなるのか。 ハタハタの塩焼きと、地酒「新政」を酌み交わしながら、男たちの夜が始まった。
■ 少年時代の原風景:祖父の膝の上とラガービール

菅野:今日はわざわざお時間ありがとうございます。こうして秋田で斎藤社長と飲むのは、また格別の味ですね。
斎藤:いやあ、菅野さん、こちらこそ。CHANGEの活動、本当に敬服していますよ。私も秋田で仕事をしていますけど、菅野さんのようなバイタリティのある方が同郷だというのは、本当に誇らしいです。
菅野:そう言っていただけると嬉しいです。斎藤さんとは「プロレス・格闘技」という共通言語があるから、話が早い(笑)。斎藤さんのその「熱さ」のルーツはどこにあるんですか?
斎藤:やっぱり、原点は「おじいちゃん」ですね。私がまだ幼稚園とか小学校低学年の頃かな。母方の祖父が大のプロレス好きで。
菅野:昭和のプロレスファンですね。
斎藤:そうです。夕方になると祖父がテレビの前で、キリンのラガービール、あの瓶ビールを飲みながらプロレス中継にかじりついているんです。私はその祖父の膝の上にちょこんと座って、一緒に画面を見ている。それが私のプロレスの原体験。
菅野:いい風景だなあ。何を観ていたんですか?
斎藤:時代的には、ジャイアント馬場さん、ジャンボ鶴田さんの全日本プロレスですね。そこから天龍源一郎さんがいて、四天王(三沢、川田、小橋、田上)が出てきて……という流れを、ずっとリアルタイムで見て育ちました。だから私は、完全に「全日本プロレス」派。いわゆる「王道」のスタイルがDNAに刻まれているんです。

菅野:なるほど、そこで英才教育を受けたと。
斎藤:そう(笑)。だからね、私は今でも「全日本プロレス」を贔屓目に見ちゃうんです。もちろん全部好きなんですけど、やっぱり自分の人格形成期に見たものの影響って大きいじゃないですか。
菅野:わかります。接触頻度の多さが愛着に変わる。
斎藤:そうなんです。中高生になると、自分でお小遣いを貯めて会場に行くようになる。あの頃の熱狂は凄かった。特に小橋建太さんには思い入れがあって。昔、秋田に巡業が来た時に、写真撮影会があったんですよ。わざわざ並んで、一緒に撮ってもらったのは一生の宝物です。
菅野:それは凄い。生粋のファンですね。
斎藤:あとね、WAR(レッスル・アンド・ロマンス)の時代かな。試合が終わった後、出待ちをしていたら、天龍源一郎さんと阿修羅・原さんがタクシーに乗り込むところに遭遇して。勇気を出して手を伸ばしたら、握手してくれたんですよ。あのゴツゴツした手の感触、今でも忘れられません。
菅野:阿修羅・原さん! 渋いところに行きますね(笑)。
斎藤:あの「男の哀愁」みたいなものが、子供心に響いたんでしょうね(笑)。プロレスって、リング上の戦いだけじゃないじゃないですか。その裏にある人間ドラマとか、因縁とか、バックステージの物語まで含めて楽しむもの。そういう「深み」に魅了されたんだと思います。
■ 伝説との遭遇:前田日明と歩いた花道
菅野:そんなプロレス少年にとって、先日の「CHANGE 3.0」はとんでもない出来事だったんじゃないですか? ゲストの前田日明さんと一緒に入場されましたよね。

斎藤:いやもう……菅野さん、あれは私の人生のハイライトですよ(笑)。本当に夢かと思いました。
菅野:私もリング上から見ていて、斎藤さんがガチガチに緊張しているのが分かりましたよ(笑)。
斎藤:だって、「前田日明」ですよ!? 我々の世代にとって、前田さんといえば「格闘王」。憧れを通り越して、ちょっと「怖い」存在じゃないですか(笑)。畏れ多いというか。
菅野:確かに、あのオーラは別格です。
斎藤:控室で待っている時間がまた長くて(笑)。入場までの間、前田さんと同じ空間にいるわけですけど、もう心臓が口から飛び出るかと思いました。「俺、本当にこの人と一緒に歩くの?」って。
菅野:50歳近くになって、そんな体験ができるのもCHANGEならではですね。
斎藤:本当にそうです。50歳目前にして、子供の頃にテレビで見ていたスーパースターのエスコートをするなんて、どんな確率だよと。入場曲(キャプチュード)が鳴って、花道に出た瞬間のあの歓声、照明の眩しさ。そして隣には前田日明がいる。あの数分間は、完全に時が止まっていましたね。一生の思い出です。

菅野:あの時、斎藤さんがCHANGEのリングに上がったことで、また一つ「ビジネスマン格闘技」の格が上がった気がします。
斎藤:いやいや、私はただ横にいただけですから(笑)。でも、あの場所の「熱」は凄かった。CHANGEの会場って、独特のヒートアップがあるでしょう?
菅野:ええ、手前味噌ですが、観客の熱量はプロの興行にも負けないと思っています。
斎藤:間違いないです。だって、リングに上がっているのはプロの選手じゃない。普段はスーツを着て、パソコン叩いたり、営業したりしている普通のビジネスマンや経営者なんですよ。その彼らが、本気でトレーニングして、本気で殴り合っている。その「一生懸命さ」がダイレクトに伝わってくるから、観ている方も熱くなる。
菅野:嘘がないですからね。
斎藤:そう、嘘がない。だから感動するんです。前田さんもおっしゃっていましたよね、「バカは強くなれない」って。あれは名言でした。だからこそビジネスで修羅場をくぐった企業経営者、役員が多いCHANGEは可能性がある、あの言葉を生で聞けただけでも、CHANGEに関わってよかったと思いましたよ。

■ 株式会社コンダクターの原点:「ハッタリ」から始まったIT人生
菅野:さて、話題をビジネスに移しましょう。斎藤さんは今、秋田で株式会社コンダクターというIT企業の社長をされています。Web制作やシステム開発、そして「秋田市クエスト」のような地域活性化プロジェクトも手掛けている。昔からパソコンは得意だったんですか?
斎藤:いや、それが全く(笑)。むしろ逆で、パソコンなんて大嫌いだったんです。
菅野:えっ、そうなんですか? 今の姿からは想像できませんね。
斎藤:大学を出て最初に入った会社が、まあ今で言うところの「ブラック企業」でして(笑)。USENの飛び込み営業をやっていたんです。一日一件契約取ってくるまで帰ってくるな、みたいな。
菅野:うわあ、昭和の営業ですね。
斎藤:そこで鍛えられましたけどね。でも、その会社を辞めて、次の仕事を探していた時に、たまたま求人広告で「広告代理店がWeb事業部を立ち上げる」というのを見つけたんです。当時はまだインターネット黎明期で、「これからはWebだ!」みたいな空気があった。
菅野:25年くらい前ですか。
斎藤:そうです。で、面接に行ったんですけど、そこで「君、WordとExcelは使える?」って聞かれて。
菅野:使えたんですか?
斎藤:全く使えません(笑)。そもそもキーボードを触るのも怖かった。「変なキー押したら爆発するんじゃないか」くらいに思ってましたから。でも、その時なぜか「はい、バリバリ使えます!」って答えちゃったんです。
菅野:嘘ついた!(笑)
斎藤:大嘘つきですよ(笑)。で、採用されちゃった。焦りましたねえ。その日の夜、パソコンに詳しい友達を呼び出して、「明日までにWordとExcelを全部教えてくれ!」って頼み込んで(笑)。
菅野:一夜漬けにも程がある(笑)。
斎藤:そこからが地獄であり、スタートでした。必死に覚えましたよ。入社してからも、分からないことがあったらこっそり調べて、知ったかぶりして。でもね、その経験が今に生きているんです。
菅野:どういうことですか?
斎藤:私は元々「パソコンが苦手な人間」なんです。だから、お客さんの気持ちが痛いほど分かる。「IT化しましょう」「DXだ」と言われても、何から手を付けていいか分からない中小企業の社長さんの恐怖心が、手にとるように分かるんです。
菅野:なるほど。「専門用語で捲し立てるIT業者」にはならないと。
斎藤:そうです。「できない人の目線」に立てるのが、私の最大の強み。だから、うちの会社(コンダクター)は、ただシステムを作るだけじゃなくて、「どうすれば使いこなせるか」「どうすればビジネスに繋がるか」を、分かりやすい言葉で翻訳して伝えることを大切にしています。社名の「コンダクター(指揮者)」には、クライアントのビジネス全体を見渡して、いいハーモニーを奏でられるように指揮をする、という意味も込めているんです。
菅野:素晴らしい。まさに、斎藤さんの人生そのものが詰まった社名ですね。

■ 秋田から世界へ:地方創生とCHANGEの未来
菅野:斎藤さんは秋田に根を張りながら、「秋田市クエスト」のようなユニークなアプリ開発もされていますよね。あれも面白い取り組みです。
斎藤:ありがとうございます。あれは「秋田をゲームの舞台にする」というコンセプトで、楽しみながら地域のお店や観光地を巡ってもらうプロジェクトです。地方って、どうしても「何もない」と思われがちじゃないですか。でも、視点を変えれば「宝の山」なんです。それをデジタルの力で掘り起こしたい。

菅野:ITを使って、リアルな街に人を動かす。まさにCHANGEがやろうとしている「格闘技を使って、ビジネスを動かす」ことと通じるものがあります。
斎藤:そうなんですよ! だから私はCHANGEに惹かれるんです。菅野さんがやろうとしていることは、単なる格闘技イベントじゃない。「ビジネスマンの活性化」であり、ひいては「日本経済の活性化」ですよね。
菅野:その通りです。だからこそ、斎藤さんのような方に「ベルト管理委員長」をやっていただきたいんです。
斎藤:東洋アジアPWGベルト管理委員長、拝命しております。名前だけは立派で恐縮ですが(笑)。でも、CHANGEのチャンピオンベルトには、それだけの重みがあると思っています。汗と血と、そして日々の仕事の苦労が染み込んだベルトですから。
菅野:毎回、秋田から東京の大会に来ていただくのは大変じゃないですか?
斎藤:距離なんて関係ないですよ。行けば必ず、あの熱狂に会えるんですから。それに、今の時代、どこにいても仕事はできますしね。むしろ、秋田という地方にいるからこそ、東京のエネルギーを客観的に見られる部分もあるかもしれません。
菅野:頼もしい言葉です。斎藤さんは、CHANGEにとっての「北の防人(さきもり)」であり、最重要パートナーの一人です。
斎藤:よしてください(笑)。でも、私もCHANGEという場を通じて、たくさんの経営者仲間と出会えました。これは何物にも代えがたい財産です。リングの上で殴り合っている人たちを見ると、「俺も明日からまた頑張ろう」って、理屈抜きに思えるんですよね。
菅野:それがCHANGEの提供したい価値そのものです。
■ 結び:未来へのコンダクト
夜も更け、徳利が何本空いただろうか。
斎藤和貴という男の話を聞いていると、ある一つの芯が見えてくる。
それは「好き」を原動力にする力と、「弱さ」を知る強さだ。
プロレスが好きでたまらなかった少年は、大人になり、憧れのリングにビジネスマンとして関わっている。 パソコンが怖かった青年は、IT企業の社長になり、デジタルの迷子たちを導いている。
「人生に無駄なことなんてないんですよ」と斎藤は笑う。 嘘から始まったキャリアも、タクシー待ちで握手した思い出も、すべてが今の「株式会社コンダクター代表・斎藤和貴」を形作っている。
斎藤:菅野さん、CHANGE 6.0、期待していますよ。私も微力ながら、全力でバックアップします。秋田から行きますから!
菅野:心強いです。CHANGE6.0もご期待ください!
斎藤:ええ。震えて待つんじゃなくて、「興奮して」待ちますよ!
外に出ると、雪は止んでいた。 キリッと冷えた空気の中で、二人はガッチリと握手を交わした。その手は、かつて斎藤が天龍源一郎と握手した時のように、温かく、そして力強かった。 秋田の地から、ビジネスと格闘技の新しい風が吹こうとしている。その指揮棒を振るのは、間違いなくこの男だ。
(文・構成:月刊CHANGE編集部)
【プロフィール】 斎藤 和貴(さいとう かずき)
株式会社コンダクター 代表取締役 / 東洋アジアPWGルべルト管理委員会 管理委員長
秋田県秋田市出身。大学卒業後、営業職を経てWeb業界へ。
25年のキャリアを持ち、現在は「株式会社コンダクター」を経営。Web制作、システム開発、地域活性化アプリ「秋田市クエスト」の開発などを手掛ける。「ITが苦手な経営者」の視点に立った分かりやすいコンサルティングに定評がある。生粋のプロレスファンであり、CHANGE 3.0では前田日明氏と共に花道を歩いた経験を持つ。
【会社概要】 株式会社コンダクター 〒010-0921 秋田県秋田市大町一丁目3-8 秋田ディライトビル2階 TEL: 018-827-5888 / FAX: 018-827-5889 URL: https://conductor-akita.co.jp
会社名 株式会社コンダクター
所在地 〒010-0921
秋田県秋田市大町一丁目3-8秋田ディライトビル2階
電話 018-827-5888
FAX 018-827-5889

