Gの遺伝子、あるいは王道の継承。 ビジネスマン格闘技に「安全と熱狂」を呼ぶ男。菅野 和彦
月刊CHANGE 巻頭総力特集(全12ページ)】
Gの遺伝子、あるいは王道の継承。
わずか2年で1000名興業、yahooニュースをし、
ビジネスマン格闘技に「安全と熱狂」を呼ぶ男。
[独占10時間ロングインタビュー] 菅野 和彦(CHANGE CEO)

東京・銀座七丁目。欲望と野心が交錯し、日本のビジネスが脈打つこの街に、一人の男がいる。 菅野和彦。IT機器リース販売会社を16期経営し、実業家。
だが、彼にはもう一つの顔がある。ビジネスマン格闘技団体『CHANGE』CEOだ。
なぜ、彼は安泰なIT企業を蹴り上げ、リスクだらけの興行という荒野に挑むのか?
「ビジネスマンがリングに上がる」――その一見無謀な挑戦の裏には、緑のマットで散った“天才”への鎮魂歌と、東洋の巨人が遺した“王道”の魂が燃えていた。 これは、格闘技で日本を元気にしようとする、ある男の「愛」と「再生」の物語である。
■ 母子家庭の少年を救った、三沢光晴のエルボー
――銀座で、IT企業の経営者として活躍されている菅野さんですが、そのルーツは意外な場所にあると聞きました。
菅野 ええ。原点は10歳、小学校4年生の時です。学校帰りの夕方、たまたまつけたテレビで全日本プロレスの中継をやっていたんです。三冠ヘビー級選手権、三沢光晴 対 川田利明。……あの一戦で、僕の世界が変わりました。
――何がそこまで、少年の心を掴んだのでしょうか。
菅野 「人が立ち上がる姿」の美しさですね。実は私、母子家庭で育ったんです。経済的にも環境的にも、決して恵まれた少年時代ではなかった。学校や生活の中で、子供なりに閉塞感を感じていたんだと思います。でも、ブラウン管の向こうでは、男たちがボロボロになりながら、それでも何度でも立ち上がっていた。
――三沢さんの姿に、自分を重ねたと。
菅野 そうです。三沢さんは決して弱音を吐かない。どんなに強烈な技を受けても、無表情で耐えて、エルボー一発で流れを変える。「カッコいいな、強いな」と。辛いことがあっても、リング上の闘いを見れば「俺も頑張ろう、明日も生きよう」と思えた。僕にとって格闘技は、単なる娯楽ではなく、まさに“生きる糧”だったんです。
■ 2009.6.13 あの日、時計の針が止まった
――最も尊敬する人物は、今でも三沢さんですか?
菅野 即答します。間違いなく、三沢光晴さんです。多くを語らず、背中で語る美学。ファンを裏切らない誠実さ。そして時折見せる、飾らない人間味。経営者になった今でも、私の理想のリーダー像は彼なんです。
――だからこそ、あの事故はショックだったのでは。
菅野 ……言葉が出ませんでした。2009年6月13日。リング上の事故による、三沢さんの急逝。僕のヒーローがいなくなってしまった。大好きだったプロレスが見られなくなりました。そこから約10年間、私は格闘技から距離を置くことになります。
――10年間の空白。
菅野 辛すぎて見られなかったんです。でも、その「格闘技のない10年」の間に、私はビジネスの世界で必死に戦いました。そして今、こうして『CHANGE』を立ち上げた。不思議な運命ですよね。あの空白の時間こそが、現在のCHANGEの根幹を成す「安全第一」という理念を熟成させたのですから。


■ 「怪我をさせない」は、ルールではなく“祈り”
――CHANGEが他の格闘技団体と決定的に違うのは、その異常なまでの「安全対策」です。
今でも、何度も思います
晩年、三沢さんは首の怪我による悪化で日常生活も満足にできなかったと、、
しかも社長業が激務のはずです
周りが無理やりにでも試合出場を止めさせる必要があったと、、、何を言われても
それが出来なかったのはプロレス界の大きな損失であったと感じています。
だからこそ、CHANGEではヒートアップが予想されますが
危険な方向に行く場合は私が強制ストップをかけます。
それが三沢さんの人生、これまでのプロレス・格闘技界から学んだことです。
だからこそ選手の安全を守るためには何を言われても構いません。
私はプロの主催者として、周りの意見を聞くところは聞くし、聞かないところは聞かないです。
菅野 CHANGEでは選手の安全が絶対の最優先事項です。これは大会ルールというレベルの話じゃない。私の『祈り』であり、三沢さんへの『誓い』なんです。
――ビジネスマンだから、翌日の仕事があるから、という理由だけでなく?
菅野 もちろんそれもあります。顔にアザを作って商談には行けませんから(笑)。でも、それ以上に、私は二度とあのような悲劇を起こしたくない。だから、レフェリーには世界的な名レフェリーである和田良覚さんに入っていただき、「早めのストップ」を徹底しています。医療体制も万全です。
――「ぬるい」という批判は恐れていませんか?
菅野 全く。むしろ「安全だからこそ、本気になれる」んです。守られているという安心感があるから、経営者たちは全力を出せる。リスク管理ができない興行は、ビジネスマンにとって参加する価値がありません。
【P9-10】 王道の継承・馬場イズム
(ビジュアル:豪華な会場、スーツ姿の観客、華やかなラウンドガールなど、「大人の社交場」としてのCHANGEの雰囲気が伝わる写真)
■ 銀座に蘇る「ジャイアント馬場の教え」
――CHANGEの会場は、独特の「品格」がありますね。罵り合いや乱闘がない。
菅野 それは私が敬愛するもう一人の巨人、ジャイアント馬場さんの教えです。「明るく、楽しく、激しく」。そして何より、馬場さんは汚い言葉や品のない振る舞いを嫌いました。常に紳士であれと。
――最近の格闘技界のトレンドとは逆行しています。
菅野 トラッシュトークで盛り上げる手法を否定はしませんが、CHANGEの流儀ではない。私は野球連盟の理事も長年務めていますから、スポーツマンシップを大切にしたいんです。対戦相手をリスペクトし、終わればノーサイド。これがビジネスマンの在り方でしょう?

――それが「客層の良さ」にも繋がっている。
菅野 ええ。CHANGEは現代における『馬場イズム』の継承だと思っています。コンプライアンスを遵守し、社会的に認められる格闘技。だからこそ、上場企業の役員や、社会的地位のある方々がこぞって参加してくれるんです。
■ 「自分が上がりたい舞台」を創った
――照明、音響、解説陣。演出が豪華すぎると話題です。
菅野 あはは、バレましたか(笑)。結局ね、一番の動機は「自分が上がりたい!」と思える舞台を作っちゃったんですよ。
――少年時代の夢の具現化ですね。
菅野 プロ仕様の照明を浴びて、自分の選んだ入場曲で花道を歩く。リングサイドには綺麗な花束嬢がいて、解説席には憧れの前田日明さんがいる。こんな体験、お金を出しても買えませんよ。一生の自慢になる。
――実際、出場者の反応は?
菅野 みんな少年の顔に戻っていますよ。リング上でプロポーズして成功した選手もいましたし(笑)。CHANGEに出ると、社内での求心力が上がったり、取引先との話題になったり、とにかく「モテる」んです。

■ CHANGEは、最高ですよ。
――最後に、読者であるビジネスマンへメッセージをお願いします。
菅野 今は「分業制」の時代です。選手兼社長のプレイングマネージャーではなく、私はプロモーターとして、最高の舞台を整えることに徹します。 日々、ストレスや重圧と戦っているビジネスマンの皆さん。その闘争本能を、安全なリングで解放してください。ここには、かつて私たちが憧れた「熱狂」と、大人のための「ロマン」があります。
――これからのCHANGEにも期待しています。
菅野 任せてください。もっと面白くしますよ。参加した人も、観に来た人も、全員が笑顔になって帰れる。そんな空間を作り続けます。 最後にこれだけは言わせてください。 CHANGEは、最高ですよ。
【PROFILE】 菅野 和彦(かんの・かずひこ) CHANGE CEO / 株式会社GINZA IT SOLUTION 代表取締役 秋田県由利本荘市出身。IT機器リース販売会社を東京都中央区銀座で16期経営する経営者。2023年、ビジネスマン格闘技団体『CHANGE』を旗揚げ。「安全第一」「馬場イズムの継承」を掲げたクリーンかつ熱い運営手腕で、Yahoo!ニュース等メディアを席巻。主催興行は全て満員伝説を継続中。

